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私とマイコンの出会い

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私とマイコンの出会い

私とパソコン(当時はマイコンと言っていました)との出会いについてお話しいたします。
私が小学6年_の時(1976年)に「マイコン」という名の本を読みました。友人のお兄さんから見せてもらったのがマイコンとの出会いです。その後も本を借りては読ませていただき、自分でもプログラムを組みたくなってきました(中学生だったかと)。日本ではNECのTK80というマイコンが出回り10万円以下ということもあり、手は届かなくとも大人になったら買えるレベルと子供ながら妄想しておりました。そのうちにAppleⅡを見たときは洗礼されたデザインに驚き、どうしても欲しくなりました(確か30万円~40万円くらい)。プリンタで20万円、フロッピーディスクも2Dドライブで20万円だったかと・・・。
もちろん買える金額でもなければ、おねだりできるレベルでもありません。マイコンは買えませんが本であれば買えると思い自力で探しました(当時はインターネットはありません)。日本では売っておらず、親に頼んでアメリカから取り寄せてもらい3000円のAppleの本を購入しました。片手に英和辞典を持ち英語を翻訳し、紙にキーボードを書いて、プログラムもどきの遊びをしていたのを覚えています。そのような遊びをしているうち本の内容も理解でき、いつのまにかプログラムが組めるようになっていました(このときはBASICとマシン語が中心です)。現在の仕事ぶりと比較しても物凄い情熱があったんだと思います。(笑)

日本でもマイコンの本が出回り普通に本屋で購入できるようになり、「IO」という雑誌を愛読していました。当時中学生でしたが、女子のクラスメートに「なんの本読んでるの?」と見られました。パッとみ「IO」ってカタカナで読み替えると「エロ」本に見えますよね。クラスメートが次第に私のことを敬遠し始めました。でも「IO」だとしても当時はマイコンの本を読むことも変人に見られていましたので結果は変人扱いされたんでしょうね。子供ながらに傷つきました。

時代も変わり、マイコンもパソコンに変わり、NECの9800シリーズが日本のスタンダードになり、私も就職し当時プログラムを組める人も少なく、私のスキルも重宝されました。仕事で使えるツール類を作っては会社に展開していました。(お金を貰えば良かった・・・)。
パソコンだってお小遣いを貯めれば子供だって変えますし、そもそも家に1台は普通にあります。プログラムだってインターネットがあるので、比較的容易に勉強もできます。全くもって素晴らしい時代ですね。